長年お世話になった母との別居を決断したのは認知症が引き金

認知症の母と2年半の間一緒に暮らしていました。今はお互い別の場所に暮らしています。私は実家、母は福祉施設です。母の認知症の進行具合が私の許容は似を超えたので、母を施設に預ける決断を下しました。
母に認知症の症状が出始めたのは3年ほど前です。最初は、料理のレシピを忘れる程度でした。それが次第にエスカレートしていき、母が認知症であると専門医に言われてからすぐに地獄のような生活が始まります。
人間の下腹部から排泄される汚物を好き好んでいる人は、おそらく一握りだと思います。私は嫌っている方で、そのことを知ってか知らずか母が私に汚物を手でなすり付けてきました。当時のことは印象が強すぎるので、鮮明に思い出せます。スキンシップを取るような仕草で、母が私の背中を押してきました。それと同時に、後方から鼻を刺すような異臭を確認します。勘を働かせて洋服を脱ぐと、その背中部分に母の汚物と思われる物体が付着していました。長年大切にしていた洋服なので、我を忘れて私は怒りを周囲にぶつけます。
気が付いたときには、私の手と母の顔面が血に染まっていました。「とうとう一線を超えてしまった」そう感じて大慌てで母を病院に連れて行くと、お医者さんは淡々と怪我の手当を始めます。作業中、彼に叱られるのではないかと身構えていたときです。母を福祉施設に入れてはどうかと提案されました。介護に疲れ果てて人生そのものを悲観していたので、私だけ食事を2日に1食しか摂らない時期の提案です。
お医者さんからの提案に即答する心の余裕がなかったため、自宅でじっくりと考えると決めてから母と一緒に帰りました。その日の夜、母は珍しく適切な会話ができる状態です。「福祉施設に入った方が良いと思う」涙ながらに母は訴えてきました。汚れてしまった洋服の件を除いても、母が認知症になってからの毎日はとにかく疲れていました。これ以上母と一緒に暮らしていたら、遅かれ早かれ私は力尽きてしまうだろうと考えていたときに母が示した意思なので、迷わず同意するしかありませんでした。
母を福祉施設に預けると決断してからは心が軽くなったような気がして、入所手続きのために施設職員さんと話をしているときには笑みがこぼれます。ようやく平穏な生活が訪れて思うのは、素人が認知症患者の面倒を見ていると心身ともに限界を迎えることでした。認知症は症状が進行する前に、施設なり専門的な知識を有した専門家に介護を依頼するのが良いと思います。

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